自分の足で立つ

今週末は雪がだいぶ積もった実家に帰り雪かきをしてきた。

雪かきも終わり除雪した風景を何気なく眺めているときにふと家の脇にある消防水利の小さな設備が目に入った。

それはすぐに使えるように簡単に除雪してあったが、それがなんと頼りのないことかと思った。

そこを除雪してくれている人が今はいるがいつ居なくなるかそれはわからない。

様々な要因で人口が減り続けていると言われている今、それが維持されていく保証はどこにもない。

というか保証されるということに期待をすること自体が足下を見ていないと言わざるを得ない。

世の中は急速に崩壊していくのを何故か感じる。

もう社会をアテにして生きていくことはやめていく時にきている。

私の人生は自分が、基本の基礎は自分自身の意識が担っていくのだ。

社会の有り様とは関係がない。

社会は頼りないのだ。

皆んなが社会に頼っていたらそれこそどんな社会になっていくか想像できる。

自分の意志を行使して生きていく事をやめてルール、法律、社会常識や流行など、その決められた事や固定された価値観の中で流される様に生きていけば、仕組み自体が人間を支配する。いやもう支配されてるのかな?

今はAIも一般的になりその変化の早さや深さの度合いも増してきている。

そこで生きることを想像もしたくない世界。

しかし社会に頼りきって生きている人が大勢まだいるということなんだろう。

肌で感じる社会の崩壊度合いがそれを示しているという事を直感で感じている。

これからは一人一人が他への依存をやめて自分自身の足で、意識で立っていくことが求められていると感じた。

いや、これは私の意識の中の物語なのかもしれない。

変化を私自身が私に対して求めているのかもしれない。

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